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<コラム>自分を変えたい

自分を変えたい、今度こそ変えたい、そんな気持ち、起きることありますよね。もっと人とうまく関わりたい、自分がダメに思える、日々の変わらない生活・・・・・多くの方が、いろいろなシーンで思うことです。

基本的に前向きなモチベーションでもあり、止める理由もないわけですが、少し斜めから見てみることも大切なのではないかと感じます。

自分を変えたい、を異なる表現に置き換えると、自分の〇〇が嫌、ということになります。もちろん、全部変えたい、という思いのある方もいるかもしれませんが、ここでは、〇〇が嫌、という前提があるケースで考えてみたいと思います。

例えば、〇〇には臆病、という言葉が入ることもあります。何をするにしても、一歩踏み出す勇気がない、自分で動けない、など、臆病で何もできない、臆病な自分はダメだ、治そうと思っても治せない、そんなことを感じている方もいらっしゃいます。

変えなければならないという気持ちは、臆病をクローズアップし、変えることができなくなるほど巨大な思いになっていくように思います。それは、ますます、自分はダメという思いを強化することになり、変わろうと思えば思うほど変わることができない、ということになっていきます。変わりたい思いとは真逆へ向かってしまうことも多くあるように思います。

穿った見方を含めて、様々な見方があると思いますが、私は少なくとも、〇〇の意味(前述の場合は臆病の)を大切にしたいと常々思います。

そもそも、〇〇は弱点以前に、これまでずっと生きるために必要だった武器であったと言っても過言ではありません。それがなければ、もっと大変だったとこもあったかもしれません。兄弟や友人、あるいはタレントやアニメのキャラクター、様々な比較対象を認識したことで、臆病という特徴に優劣(劣をつけたわけですが)をつけるわけです。

そう考えたときに、〇〇という特徴が、生きてくるためにどんなに大切だったのか、をよく聞かせてもらうことは、その方にとって重要だと思うのです。そして、認識こそが、スタート地点の把握だと思うのです。より良い一歩のために、正確なスタートの認識は重要だと考えています。

あたなは、スタート地点を正確に認識していますか?

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