矯正ではなく、人は育つ、を支える~販売店、飲食店の人材育成から

どこの企業であっても、人材育成、教育というものは大切だ、と考えていると思いますが、実際問題で見てみると、なかなか大切にできていない現実があるようですし、それを解決できないもどかしさに直面しているように感じます。基本的に、販売店や飲食店は人の出入りが激しい分野でもあるため、その実態を掴みにくいということも背景にありそうです。

多くの場合、新規開店の場合には、多くの努力とリソースを投入して、しっかりと基本的なことを教えていくということが行われています。それは、軍隊かとおもった、と思うくらい厳しかったという声もありますが、それでしっかり教えてもらえた、とポジティブな表現をする方が多いように思います。もちろん、開店という大きなイベントに参画できているという高揚感、無事に乗り切った達成感というものが短期間にえられるため、大変だけどやりがいがあった、と言える環境が整いやすい状況とは考えられます。

この山を乗り切ったあとに、徐々に問題が表面化してくる、というケースも目の当たりにするのが現実です。やや安定し、集客の波を含めた状況が読めるようになると、動機付けの仕方がとたんに難しくなります。厳しいときを抜けてきてるため、個々の責任感はあるのですが、それがうまくかみ合わないことが起きています。それは、ちょっとした接客の仕方、指摘の仕方、ルーチン作業のやり方など、きっかけは様々です。そういう状況が続くなかで、新たに採用される人が入ってくることになりますが、ここから大きな問題が解決されないままで浸透していくことになることが多いようです。

ここからの教育、それそのものが、多くの場合は店舗に任されていきます。その結果、店舗のスタッフの大切にしていること、コツのつかみ方など、それぞれが当然異なりますので、様々な角度で「よかれと思ってアドバイス」をしていくことになります。特に若くして責任を任される人に多くなるのは、指導しなくては、教えなくては、という強い責任感が、育つために必要な時間を忘れさせてしまうことが多いように感じます。教える側の焦りは、教えられる側への攻撃性に緩やかに変わり、本人にその気がなくとも、人を否定的に指導するやり方が増えていきます。自分も厳しい中を乗り越えてきた、という自負があることが、結果的に人を追い詰めていく不要な厳しさになっていくこともあるように思います。実際に現場で、矛盾したメッセージの発信、不信感を招く・人を否定する表現、気づいていて止められない追い込み、などとして現れているようです。現場の話を本当に聴いてく、そういったマネジメントの定点観測をしていくことから見えることの一部です。

人を育てるというのは、とても大切なこと。ただ、その前提として、人はその人のリズムで育つという考え方は必須だと思うのです。お店の理念や価値観、経営者の思い、はとても大切なものです。多くの場合、共感できる素晴らしい内容です。ところが、現場の実態は、その素晴らしいものとは矛盾した現実があります。それは、理念を体現するだ時期ではない人に、教育を任さざるをえないという現実があります。教える側、教えられる側、双方が大切な存在です。特定の価値観でその人を否定して教えていくことは、偏った矯正、矯正の「正」が、その人の偏った思いで行われている状況です。人が育っていくための時間、適切な知識やノウハウのインプット、変化するきっかけ、それを少しでも多く提供していくこと、そしてお互いが学び合うことが本質と感じます。

実効的には責任と日々の業務に翻弄され、教えられる状況ではない、という事実と向き合う必要があります。だからこそ、経営者がその事実を知って、業種や店舗形態に合わせた具体的な対策をとる、そこが現場で悩みながら問題と直面する人を支えていくことに繋がっていくと考えています。

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