権限と責任、当たり前でもできていないこと

責任と権限、当たり前のことであっても、実際には、この責任と権限が合っていないことが多くあります。責任は乗ってくるが権限がない、と嘆く役職の方は多くいらっしゃいます。それでも必死に役割を全うしようとしますが、権限のない中では効果的な動きをできずに、結果的に自信を失ってしまいモチベーションを落としてしまう、ということが多いようです。

組織の中で、なぜ権限を委譲でないのか、どこの企業にもある問題であり、なかなか本質的な改善ができない問題でもあります。まだ与えるレベルにない、ということを理由に挙げる方もいらっしゃいますが、そうするとなぜ昇格させたのか、という別な問題が現れてきます。

実際に多くの組織の中で問題を見てくると、昇格の考え方と育てていきたい方向が分かれてしまっているところに原因がありそうだと感じます。

ひとつは、昇格の条件。何かしらの判断基準があって、それを超えると昇格、という考え方はどこの企業にもそれなりに存在しているようですが、その条件は必ずしも明確にはなっていません。もちろん人が人を判断するところですので、曖昧さ、の存在は否めません。それ自体には問題はありませんが、その段階で昇格候補の特徴をどう把握して、今後、どう伸ばしていくのか、それは誰の役目なのか、という観点は抜け落ちていることがほとんどです。

ふたつめとして、昇格後の指導ができていない、という点です。フォローする体制がある組織は確かにありますが、実際問題として具体的に業務に直結する形でフォローをしっかりしているところはあまりないように感じます。そこに見えてくるのは、上位者がどうフォローしていけばいいのかがわからない、という観点に繋がっていきます。結果、何もフォローできず、成長のポイントも把握できていないので、権限も渡せない、結果ダメ出しをするか、なぁなぁの関係になるところに落ち着きます。

これは、組織として人を育てる方法、人を伸ばす方法、が見えていないということでもあり、ゲートはあっても、支援する仕組みはないことを意味します。結果、この問題は最前線で頑張る一般職にとっての不利益という形で表れてきます。最終的には、いい人材がモチベーションを上げられずに埋もれてしまう状況になっています。

権限を私ということは、結果を保証するものではありません。上司が結果を受け入れる覚悟を持つからこそ渡せるものであり、言い方を変えれば、結果の保証を求めるのであれば、人の上に立つべきではありません。その判断をできない人が上長として存在するときに、組織の責任と権限の問題が生まれてきます。

権限を渡し、結果を受け入れることはとても勇気がいることですが、権限を渡さない人はその覚悟がありませんし、その覚悟をもった人であれば、その思いを感じるからこそ、部下は勇気をもって歩くことになります。上司と部下の関係、特に部長クラスと課長クラスの関係が組織の中ではキーになってくると感じます。勇気をもってチャレンジできる課長、その課長を支える部長の関係となれば、組織内のいろいろなお手本になる、そう思うのです。

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