<コラム>不安と安心の関係


身内であればあるほど、どうしても心配で、いろいろなことを言ってしまうこと、手を出してしまうことがあります。その結果が、いい方向に行く場合もありますし、行かない場合もありますね。結果は振り子のようにどちらにも触れることがありますが、安心、というキーワードがこの背景にある場合もあります。

ある人からみれば、当たり前と思うことができない、周りの人ができているのに、その人にはできない、あるいは、できないように見えてしまうという状況があります。当事者以外の人から見ると、なんで?ということになりますが、当事者にとってはもっと深刻に考えているようなケースもあるわけです。

何かをする、というのは、当たり前のようで、その最初の一歩はとても勇気とパワーがいることです。どうしても結果というものが頭の中にチラチラしてしまいます。やったことが上手くいくだろうか、という思い、あるいは、結果ではなく、周りの人がどう思うか、という不安、あるいは、何か予想もつかないことが起こるのではないか、という恐怖、そのほかにも実はたくさんのチラチラ、が存在しています。既に当たり前のようにやっている人にとっては、やれば大丈夫だよ、と思うところです。ところが当事者にとっては、想像をはるかに超える大きな、不安のようなもの、が存在している場合が多くあります。

少し極端な例ですが、蛇口を捻れば、飲むことができる水、がでることに対して疑う人は少ないと思います。ただ、ここに不安を持つとしたら、水を飲む、という行為がとてつもなく勇気のいる行動になります。実際には通常状態では危険はないのですが、不安というものは身勝手に大きくなっていきます。

話が少しずれましたが、この不安、生きるための防衛とも言えなくありません。それが極端に強くなることの生きづらさが多いように思います。

春はまた人が大きく動く時期にもなり、変化の季節です。
そんな時、不安を持っている身近な人を煽るより、安心を手渡していくことも大切です。時間はかかりますが、言い換えれば、それまで安心を手渡すことができなかった中で生きてきているわけですから。安心を手渡す応援もある、そんな観点も大切なことかもしれません。

カウンセリングの現場でも、安心を渡すことは、地道に丁寧にやっていきます。それは、これからのその方の人生の土壌になっていくものだと思うからです。

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