対話するカウンセリング、というと、あたりまえではないか、と思われる方も多いかもしれません。ところが実際には、そうではないことも多くあります。
実はカウンセリングを受けた経験のある方とお話していると、同じような不満が聞こえてきます。私の経験上ですが、不満をお持ちのカウンセリング経験者が話してくださることは、「聴くだけ聴いて、答えはあなたの中にある、と言うようなことを言われるんです」ということや、「あなたは〇〇の傾向がある」と言われた、というものに大別されます。
この前者の、聴くだけ聴いて、というところに関しては、とても大切なところではあるのですが、その上で、「答えはあなたの中にある」あるいは「あなたはどうしたいんですか?」と言われてしまうと、話している側の気持ちも穏やかにはならないように思います。そもそもそれがわかっていれば、いらっしゃらないわけですから。
カウンセリングを学ぶと、様々な流派にはよると思いますが、まずは傾聴というものをベースとして教えることがまずは基本です。これは対話する以上、あるいはカウンセリングという形態でないにしても大切なことだと思います。この傾聴の学びの際に、カウンセラーは自分の意見を言ってはいけない、アドバイスをしてはいけない、という学びが強化されていくこともあります。これが結果的にマイナスの影響となるのかな、とは感じています。
私自身、カウンセリングをお受けする際には、基本的に話す内容にNGを事前に持つことはありません。結局、来てくださった方に何が必要と判断するか、それを確認できるか、というところが全てだと思うからです。カウンセラー側が持っている「カウンセリング」、という構造を、来てくださる方がわかった上でいらっしゃっているわけではない、ということを理解しているかどうかだと思っています。まずは、そこをしっかり掴まないと、必要なことができなくなってしまいます。カウンセリングの構造を共有できて、ゴールを設定できるのなら、「カウンセリング」という過程に進めばいいし、そうでなければ、違う道を進むか、他の専門機関や相談機関に繋ぐことも可能なわけです。
ある情報や知識を知らない場合、それを教えなければ必要な道に進めないことがあります。そんなときには、気づきではなく伝えることが必要で、その形は様々です。禅問答のような形である必要もないですし、必要に応じてはストレートにお伝えすることもありだと思います。もちろん、「答えはあなたの中にある」と言うかどうかは別にして、その信頼をもって向きあることもあるわけです。
切り取った部分ではなく、人と人との関係にはその過程があります。それはとても大切なものですし、カウンセリング、というある種非日常の場面だからこそ、過程の認識しておく必要があると考えています。
野球やサッカー、バレーボール、バスケットボールやラグビーなど、ボールの形は様々で、そのやりとりも異なります。人と人の関係性の場合には、まずはそこを見つけて確認することからだと思うのです。それが対話のスタートですし、カウンセリングという非日常性の中であっても同じだと思うのです。
目の前の人としっかり向き合って、しっかり対話していく、カウンセリングにも必要なことだと考えています。
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