事故や事件性のある様々な出来事が起きると、そこには必ず被害者が存在します。その場合に被害者が助けを求めるのは警察や弁護士などの専門家になります。
いろいろな相談を受けている中で最近感じることは、被害者であるはずの人が、専門家に邪見に扱われているように感じる、そんなシーンが多いことです。過去にもこういうことはありましたが、最近は増えているのでは、と感じています。
こちらのコラムでも書いていますが、なかなか改善されていない実態があります。多くの場合、被害者やその家族は困った状況にあります。その困った状況の中で、混乱したり感情的になったりすることは当然のことです。その状態で専門家が効率的に処理しようとすることや、専門の世界での常識で対応していくことで、その感情を逆なでしてしまうこともあります。その結果、被害者が専門家に対して不信をもってしまえば、頑張ろうと思っている被害者の気持ちをへし折ることにもなりかねません。
もちろん、専門家には専門家の考え方があり、正当性のある対応なのかもしれませんが、そこには当事者不在があるように思えるのです。言い方を変えれば、そういった被害者の人たちに対する配慮、対応、応答、そういった部分の学びがないのではと感じるのです。
アクシデントの際に冷静に対処できることは大切なことです。冷静に状況を判断していくことは、最適な道を導くことにもなります。それでも、感情が高ぶっている、あるいは混乱している状況で冷静さを求めるのは、私は酷なことだと思うのです。
自分がおかしい人のように扱われた、いつの間には話が進んでいた、納得いかないなかで話が進んでいた、わからないから従うしかなかった、実際に被害を受けた方々からは、こういった言葉が聞こえてくることが多くあります。心理の世界であっても、説教ばかりされた、私の考え方が悪いと言われた、病気だと言われた、など類似したことは起きているのが実際です。
短い時間の中で対処しなくてはいけないという環境は確かにあるのだと思います。それでも専門家が、対応方法を学び、忙しい中でも、相手の状態、意向を理解する、それをもとに専門家の知識で対処していく、そんな形が少しでもできていけばと考えています。そのために、心理職が他の専門家の方と学びの時間を持つことも大切だと感じています。
